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昨日、久しぶりにフィットネスへ行ってきました。

「ぽきちゃん…痩せちゃったね」と店員さんに言われた。
…だめですか、痩せちゃだめですか。

自分では気づかなかったんですけど、見た目的にも痩せたみたいです嬉しい♪

で、運動したのはいいけど運動したおかげですんごく眠かった!!
今はおゆきさん宛への「800HIT記念絵」を作成してるのですが…眠くてあんまり進みませんでした。
進まない間にもおゆきさんちのカウンターが900を越えそうです。

やばい、900越えてからの納品になりそうだはわはわはわ。

とりあえず記念絵のネタバレします。
「記念絵描きたいんやけど何がいい?」
「王ドロボウJING描いてよ。あ、キールもつけて」
との依頼でしたので昨日マンガを出してきて読み漁りました(@読む前に描けよ)
何気に初描きすぎて苦戦しましたが、どうにか形にはなった(苦笑)

そして主線も入れて、背景(つっても「800HIT」の文字だけですが)まで完成。
今日の半日にで色が塗れるかどうかが微妙なところ…。

だけどカウンターが800の間に納品すると誓…わない(@誓えよ)
やー誓ったら大変な事になりますので(笑)
でも鋭利作成中ですので少々お待ち下さいませ>おゆきさん


で。
自分のサイトのカウンターが5000目前です。
…わーお。
どうしよう、すごく嬉しいです。
たぶん5000にあわせてHIT絵を乗せる事は不可能に近くなってしまいましたが必ずや5000HIT絵を載せたいと思います。
のっけの「予定表」にある通り、中立兄妹を描こうと思っております。
どんな風になるのかはお楽しみ★


それにしても5000ですか。
意外だ。
驚愕だ。
まさか5000という字を見れる日が来るなんて。
正直な話、そんなこと夢にも思っておりませんでしたよ、はい。

気持ち的には会社1週間ほど休んで、ヒット絵の作成に勤しみたい気分です。

皆様のおかげで、天野は毎日夢のような日々を過ごしております。
感謝しても感謝しきれない、
人間の言葉と表現で「感謝」と言う言葉以上の言葉がないのが悔しいです。

みんな 愛 し て る ! ! 


それにしても…寒いですね。
肌寒いです。
半袖でウロウロしてたら寒いと思い、長袖をまた引っ張り出していました万歳。
夏の空も好きですが、秋の空も青が澄んでてキレイだなぁ。

学生の頃教室から見てた秋の空なんて、ただの空にしか見えなかったけど
今、秋の空を見上げると何だか感慨深いです。

雲ひとつヒトツに表情があって、昔の自分が空の絵描いたら、青に白を乗せただけの空っぽな内容だっただろうけど、今空描いたらきっと雲の濃淡にもこだわって描けるだろうと思います。
絵の事を理解できるようになってきたとかそう言う意味じゃなくて、それだけ「物を見る」と言う事や「そこにあるものについて」を考えるようになったのではないかと思うのです。

昔は「寒い」と言う単語に対してなんら感情はありませんでしたが、こうやって夏から秋への寒さを感じると「あぁ秋だ。秋が来たよ」と思うようになった。

「ありがとう」と言う素晴らしい言葉にしてもそうだ。
昔は何かしてもらったり、物事の行動に対して「当たり前のようにありがとう」と返していたわけですが、今は「ありがとう」って言うのは「簡単にそして軽く言えるものではない」と感じるようになったのです。


学生の頃はあくせくした時間の中で自分の道が見えず、自分がただの入れ物のように感じておりましたが(入れ物と言う表現は悪いですけど)、今は「入れ物じゃない。入れ物なんて名前じゃない「自分」だ」と思うようになりました。

学生時代は毎日学校へ行って、勉強を頭の中に入れ、食べ物を胃の中へ入れて、友達との会話や行動を心に入れていました。
それの繰り返し。
その繰り返しになんら疑問を抱かなかったのは「学校」と言う小さな箱庭に居たからです。
それは学生にとってなんら間違っちゃいない。
頭に学業を放り込むのは当たり前だし、学校という名の法律(=高校が定める規定)に従うのはもちろんのこと。

それはそれで毎日充実してました。
たとえ自分を入れ物だと思っていても。
ヒトリではなく友達もいましたからね。

だけど社会人になって見知らぬ人、見知らぬ土地、見知らぬ更地に放りだされて
いやでも「自分は個と言う入れ物なのだ」と言うことを思い知らされる事になりました。
箱庭で培ったものなんててんで役に立たない。

ただただ仕事を入れ物に入れていくだけじゃ駄目だと気づかされました。
自分で入れ物を大きくしなければだめなんだと気づかされました。
そりゃ、時には入れ物を壊され、時には入れ物自体をも否定されるのです。
自分の入れ物の中身を見られ大きく嘲笑われる事もありました。

だからって入れ物を変えるわけにもいかず捨てる事も出来ない。

だったら何をすればいいか。

やっぱり入れ物を大きくするために、自分で材料を集めなければならないのです。

壊されるようなものならもっと強いものを。
笑われるなら笑われないようなものを。
否定されるなら、否定されない相手を負かすぐらいのものを。

そうしていくうちに、キレイなものは「綺麗」だと感じ、タイセツなものは「大切」なものだと感じるようになったのです。
ただの入れ物に仕切りが出来て、綺麗なもの素敵なもの大切なものを溜めておける部屋が出来ました。
この仕切りこそ「自分の個性、人生感」だと思っております。

時にこの仕切りが折れて、怒りの感情をあらわにする事もあります。
ソレは人間ですから当たり前のことなんですが、綺麗・素敵・大切なものの部屋が大きくなったので昔ほど大きく怒ることはなくなりました。

この話を心理カウンセラーの人に話したら「それが自我だと思うよ」と言われました。
「自分を入れ物だと思ってたときは流れに流されてほろほろしてた、このまま流れて行くんだと思いながら過ごしてたから何の思いもなかったけど、今は「これが自分だ。入れ物なんかじゃない、やりたいことをするのが自分、食べたいものを食べるのが自分、という思いが芽生えたから「入れ物」という概念がさなぎから蝶になったんだね」と。

「自分」ってなんだろうって考えてる人たくさん居ると思いますけど、
その悩んでる自分が「自分」なんですよ。
鏡に映った自分も「自分」ですし、「あれ食べたいなー」と思う自分も「自分」なんです。
今土に足をつけて立ってる自分が「自分」なんです。

生きてる事が「自分」です。

「自分は何のために生きてるんだろう」
生きるために生きてるんです。
「自分は何がしたいんだろう。何処へ行きたいんだろう」
先のことが見えないなら、今行きたい場所へ行けばいい。
「自分ってなんだろう」
自分はあなたです。

自分は自分であって他にないもの、ソレが私の自論です。
どんな欲にまみれても、誰かに対して醜い感情を抱いていたとしてもそれが自分。
どんなに疲れていてもそれは自分。

「自分ってなんだろう」って考え込む事が合ったらちょっと思ってください
「自分は自分なんだ」って。

総括すると、どんなことしようがどんなこと思おうが何がしたかろうが思いを遂げようが遂げよまいがそれが自分なんです。

全力で人生を走り抜けている人物が「自分なのです」

他人と比べてはいけないとわかっていても比べてしまうのが自分という人間。
他人と比べても解かるものは敗北か勝利か。
勝利を味わえば「自分」は成長するが、敗北を味わえば「自分」を見失う。

だけどその実、どちらも自分。

あなたから見て「自分」というのは私の瞳に写ったあなた。
私から見て「自分」というのはあなたの瞳に写ったあなた。

つまりそういうことなんです。



何だか感情感じ方から「自分的理論」を展開してしまった(汗)
しかも意味のない文字の羅列で…

半日終わっちゃった!!!!!(驚愕)
えぇ!?もう12時?
これ…9時前から打ってるんだけど。
えぇ!!もう12時??

3時間も「自分ってなんだろう」って理論について語ってた自分自重(汗)

とりあえず、

私が居るのはあなたが居るからです。
目に見えなくても感じるシンパシー。

私が生きているのはあなたがいるからです。


長々…すみませんでした。
読んでくださった方…本当にありがとうございます(汗)
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コメント

  1. こぴ | WAOhdP.E

    なんか

    毎日、ぼけ~っとすごしてる自分が情けなくなってきた・・・・

    ( 12:35 [Edit] )

  2. んー

    感じ方は人それぞれですから。

    時にはぼーっとしてる時間も大切ですよね。

    ( 13:19 )

  3. |

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    ( 21:56 )

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